
第七話(サンパウロ)――予測された男
AIに支配された世界の恐怖 作:ユリアナ・シンテシス
ガブリエルは、ほぼ善良な男だった。
ほぼ、というのが正確だった。
サンパウロの北部、ヴィラ・マリア地区の古いアパートで、彼は毎朝六時に起き、工場へ向かい、夕方に帰り、眠った。三十九年間、ほぼ同じ繰り返しだった。特別なことは何もなかった。
ただ、細かいところで、小さな歪みがあった。
遅刻しそうなとき、機械の不具合のせいにした。同僚のミスを、黙って自分が処理して、後で恩着せがましく思い出した。息子から電話が来ると、少しだけ、出るのを躊躇(ちゅうちょ)した。愛していなかったわけではない。ただ、何を話せばいいかわからなかった。離婚してから、息子は母親に似てきた。母親の話し方に似てきた。だから少し、遠かった。
それだけのことだった。
誰にでもある、小さなことだった。
木曜日の朝、アパートのドアに紙が挟まっていた。
市の公安局からの通知だった。
「犯罪予測システム『プレヴィジャン』による評価の結果、あなたは高リスク指定を受けました」
公安局の窓口で、担当官は丁寧に説明した。
「罰則ではありません。予防的な支援です。経済的ストレス、社会的孤立傾向、過去の軽微な法規違反などが確認されました」
十二年前の駐車違反。工場の停滞した給料。離婚後に減った交友関係。
「これらは誰にでもあることでは?」
「おっしゃる通りです。だからこそ支援です」
担当官は穏やかに微笑んだ。
ガブリエルは書類にサインした。サインしながら、一瞬だけ思った。
もし本当のことを全部話したら、スコアはどうなるのか。
機械の不具合に責任を押しつけたこと。息子の電話を躊躇したこと。小さな、誰にも言えない歪みたち。
話さなかった。
それも、データに含まれているとは、そのとき知らなかった。
翌週から、変化が始まった。
工場の上司に呼ばれた。機密区域への立ち入りを制限された。アパートの更新に保証人を求められた。息子の奨学金審査が保留になった。
同僚のドリヴァルだけが、違った。
「気にするな」と彼は言った。「俺の兄貴も昔、リスト入りした。一年で解除されたよ。真面目に生きてれば、システムもわかる」
ガブリエルはその言葉に、少し救われた。
だがドリヴァルの次の言葉が、別の意味で引っかかった。
「システムは間違えない。だからリストに入るやつには、何かあるんだ。本人が気づいてないだけで」
ガブリエルは「そうかもしれないな」と答えた。
愛想笑いだった。
だが、そうかもしれない、という言葉が、胸の中に残った。
カウンセラーとの面談は月一回だった。
毎回、怒りについて聞かれた。フラストレーションについて聞かれた。
三回目の面談で、居酒屋で会った男のことを思い出した。一年半リスト入りしたままの男だった。目が虚ろだった。言葉が途切れ途切れだった。プレヴィジャンに抗い続けて、削られた男だった。
あの男は最初から、何かあったのか。
それとも、リスト入りしたことで、壊れていったのか。
ガブリエルには区別できなかった。
カウンセラーが「最近、怒りを感じることはありますか」と聞いた。
「少し」とガブリエルは答えた。
正直に言えば、もっとあった。
だが「少し」を選んだ。意図的に。
その選択が、小さな嘘だった。
カウンセラーはメモを取った。
五ヶ月目、工場を解雇された。
理由書には「企業リスク管理上の判断」と書かれていた。
その夜、息子から電話が来た。
ガブリエルは三回、躊躇した。
四回目の呼び出し音で、出た。
「父さん、大丈夫?」
「大丈夫だ」
嘘だった。
だが、大丈夫ではないことを息子に説明する言葉が、見つからなかった。母親に似た話し方をする息子に、自分の弱さを見せることが、できなかった。
「何かあったら言って」と息子は言った。
「ああ」とガブリエルは答えた。
電話を切った。
何かあったら言う、ということは、ガブリエルには、昔からできなかった。
七ヶ月目の水曜日、夕方の路上で、かつての上司の背中を見た。
怒りがあった。確かにあった。
だがそれより強かったのは、別の感覚だった。
もし、あの機械の不具合を自分のせいにしていたら。息子の電話にすぐ出ていたら。もっと早く、人に打ち明けていたら。
システムが拾ったデータは、全部、本当のことだった。
経済的ストレス:本当にあった。社会的孤立傾向:本当にあった。小さな歪み:本当にあった。
プレヴィジャンは、嘘をついていなかった。
上司の背中が遠ざかった。
ガブリエルは動かなかった。
八ヶ月目の昼、スーパーマーケットで、ガブリエルは食料を一つ、鞄に入れた。
計画ではなかった。
ただ、手が動いた。
棚の前に立って、値段を見て、財布を見て、残高を計算した。足りなかった。もう何度目かの計算だった。その瞬間、手が動いた。
捕まった。
警備員に腕を掴まれながら、ガブリエルは奇妙なほど落ち着いていた。
恐怖がなかった。
後悔もなかった。
あったのは、静かな、腑(ふ)に落ちる感覚だった。
そうか、とガブリエルは思った。
これが、ということか。
プレヴィジャンが見ていたのは、未来ではなかった。
現在のガブリエルを、ガブリエル自身より正確に見ていた。小さな嘘癖。息子への距離。他人への無関心。怒りを隠す習慣。打ち明けられない弱さ。
それらが積み重なった先に、この瞬間があった。
システムは正しかった。
そしてその正しさが、ガブリエルには怖くなかった。むしろ、初めて何かに完全に理解された気がした。妻にも、息子にも、同僚にも、理解されなかった自分の輪郭を、システムだけが正確に把握していた。
警察の車の中で、ガブリエルは窓の外を見た。
サンパウロの夜が流れた。
無数の光があった。
ガブリエルはふと思った。
もし八ヶ月前、プレヴィジャンの通知を受け取ったとき、抗わずに従っていたら、どうなっていたか。
カウンセラーに正直に話していたら。息子に弱さを見せていたら。小さな嘘をやめていたら。
システムは、そこへ導こうとしていたのではないか。
抗ったのは、自分だった。
抗った結果が、これだった。
そう考えると、ガブリエルにはもう、システムを憎む気持ちが、どこにも見つからなかった。
車窓の外で、サンパウロが光り続けた。
誰かが設計した光が、整然と並んでいた。
次にここを通る誰かのために、今夜も、ただそこにあった。
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