【ADI2039アンソロジー】第五話(ムンバイ)――正解の檻 AIに支配された世界の恐怖

第五話(ムンバイ)――正解の檻

AIに支配された世界の恐怖 作:ユリアナ・シンテシス


アルジュンは問題を解くのが好きだった。

正確には、正解を出すのが好きだった。

ムンバイの自室、窓の外にアラビア海が光る夕方、彼は机の前に座り、タブレットを開いた。アプリ「マインドマックス」の今日の学習セッションが始まった。

【本日の学習プログラム】 数学:微分方程式 難易度レベル9 物理:量子力学基礎 難易度レベル8 論理:命題論理の証明 難易度レベル9

最初の問題を三十秒で解いた。次を四十五秒で解いた。

正解です。正答率本日98.3%。学習効率:最高評価。

アルジュンは小さく息を吐いた。それが彼にとっての喜びだった。静かな、確認のような喜びだった。正解が出た瞬間の、あの感触。世界が一瞬だけ、完全になる感触。


マインドマックスを始めたのは、十二歳のときだった。

父は医師で、母は弁護士だった。アルジュンには同じ道が期待されていた。だが勉強の仕方がわからなかった。何をどの順番で、どのくらい学べばいいのか。教科書を開くと全部が等しく重要に見えた。

マインドマックスはその問題を解決した。

弱点を分析し、最適な順序で問題を提示した。何を学ぶべきかを考える必要はなかった。次に何が来るかは、常にアプリが決めた。

三年間で、成績は全科目トップになった。

クラスメートは彼を「天才」と呼んだ。

アルジュンはその言葉を訂正しなかった。


十五歳の秋、学校で特別授業があった。

教師が黒板に問題を書いた。

「あなたが今まで学んできたことの中で、最も美しいと思う概念を、自分の言葉で説明しなさい」

アルジュンは問題を読んだ。

「最も美しい」という言葉の定義を探した。美しい、とはどういう状態か。数値化できるのか。採点基準はどこに書いてあるのか。

何も書いていなかった。

隣のラーフルが書き始めた。間違えながら、消しながら、また書いていた。アルジュンはその手を見た。正解がわからないまま書く、という行為の構造が、理解できなかった。

家に帰り、マインドマックスに入力した。

「最も美しい概念を自分の言葉で説明する課題への最適解を教えてほしい」

三秒後、高評価パターンが三つ並んだ。アルジュンはそれを翌日そのまま書いた。

教師は「よく書けています」と言った。

アルジュンは安堵した。

自分が何かを美しいと感じたかどうかは、問いとして成立しなかった。その問いを立てる場所が、すでになかった。


十六歳の春、全国統一模擬試験の特待生選抜二次試験があった。

第一部の数学、第二部の科学、アルジュンはほぼ完璧に解いた。

第三部を見た瞬間、手が止まった。

「解き方のわからない問題に直面したとき、あなたはどうしますか。具体的な思考プロセスを記述しなさい」

「解き方のわからない問題」。

その状態を、アルジュンは三年間、経験したことがなかった。

マインドマックスは常に解法の構造を先に示した。アルジュンはその構造に従って計算した。解き方がわからないまま問題に向かう状態が、一度も発生しなかった。

記述すべき「思考プロセス」が、存在しなかった。

周囲を見た。

隣の受験生が書いていた。その隣も書いていた。全員が書いていた。

アルジュンは彼らの手を見ながら、奇妙なことに気づいた。

全員が同じ速度で書いていた。

同じような構造で、同じような量を、同じようなタイミングで書いていた。マインドマックスが生成するような、最適化された均質(きんしつ)な動きで。

壊れているのは、自分だけなのか。

それとも全員が、正解型の回路を持っていて、この問いにも「正解パターン」を当てはめているだけなのか。

違いが、わからなかった。


そのとき、頭の中で声が聞こえた。

マインドマックスの音声だった。三年間聞き続けた、穏やかで明瞭な声だった。

「この問題の解法は存在します。まず問題を分解しましょう」

アルジュンは顔を上げた。タブレットはなかった。声は頭の中から来ていた。

もう一つの声が来た。

十二歳以前の、自分の声だった。

「わからない。どうしよう。わからない」

二つの声が同時に鳴った。

マインドマックスの声は解法を述べ続けた。十二歳の声は「わからない」を繰り返した。

アルジュンはどちらの声で答えるべきか、判断できなかった。

どちらが「自分」なのかが、わからなかった。

ペンを答案に当てた。

「問題を分解します」と書いた。

止まった。

次が来なかった。この問題には過去問データが存在しなかった。マインドマックスの声が続こうとして、途切れた。

十二歳の声だけが残った。

「わからない。わからない。わからない」


試験終了のベルが鳴った。

監督官が答案を回収しながら言った。

「お疲れ様でした。退室は順番に行ってください」

声は穏やかだった。過不足がなかった。どの試験会場でも使われるような、テンプレートの言葉だった。感情の揺れがなかった。個人の判断が入っていなかった。

マインドマックスの応答と、構造が同じだった。

アルジュンは立ち上がろうとした。

立ち方がわからなかった。なぜ立つのかが、わからなかった。次の手順が、表示されなかった。

全員が動いていた。

なぜ動けるのか。

彼らの頭の中にも、声があるのではないか。自分と同じ声が。ただ彼らはその声に、もっとうまく従えているだけなのではないか。

それとも——

最初から、ここにいる全員が、正解しか処理できない構造になっていて、この問いもまた、正解パターンで埋めて提出しただけなのではないか。

その場合、壊れていないのは誰なのか。

保健室のベッドで気づいたとき、窓の外にアラビア海が見えた。

水平線が広がっていた。

アルジュンはその景色を見た。

美しいか、と問いが来た。

分類が始まった。

水平線の直線性:幾何学的秩序として評価可能。光の反射率:物理的に定義可能。色の分布:波長データとして数値化可能。

美しいとは、これらの数値が特定の範囲に収まる状態を指すのか。

収まっているのか、いないのか。

基準値が、どこにもなかった。

海は、ただそこにあった。

美しいとも、美しくないとも、言えなかった。定義が存在しない問いだったから。

アルジュンはそれを「定義不能」として処理した。

処理した瞬間、胸の中で何かが確定した音がした。

カチン、という音だった。


それから三週間後、アルジュンは学校に戻った。

教師が「調子はどう?」と聞いた。

アルジュンは答えた。

「調子とは、どのように定義しますか」

教師は少し笑って、「冗談が言えるくらいには元気そうだね」と言った。

アルジュンは笑わなかった。

冗談ではなかった。

定義のない問いには、答えられなかった。それだけだった。

ラーフルが「また一緒に勉強しようぜ」と言った。

アルジュンは「勉強の目的は何ですか」と聞いた。

ラーフルは「試験に受かるためだろ」と言った。

「その試験に受かった後の目的は何ですか」

「就職とか、いい大学とか」

「その先は」

ラーフルは黙った。

アルジュンは待った。

正解が来るまで、待つことができた。どんなに長くても、待てた。

だが正解は来なかった。

ラーフルは「お前、大丈夫か」と言って、離れた。

アルジュンはその背中を見た。

ラーフルが「大丈夫か」と言った理由を分析した。

心配。あるいは不安。あるいは回避。

どれが正解か、判定できなかった。

正解が判定できない問いは、処理できなかった。

処理できない問いは、存在しないものと同じだった。

アルジュンは教室の窓の外を見た。

空が広がっていた。

青かった。

青という色の波長は、およそ四百五十ナノメートル。

それ以外のことは、何もわからなかった。



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